実は今回の「香楽夢」のタイトルは「美酒・美食〜そして美香へ」というロマンチック?なテーマでいこうと予定していたのですが・・、何故かこのようなタイトルになってしまいました。・・・というのも先日、とある酒友と「今年のBN(※1)は少し濃いめだとか、香りにコクが効いてる・・」とか、タザキシンヤ氏を気取っているうちに、ちょっと聞き捨てならない、田舎の香り事情にまつわる話題が出てきたのです。
 そこは栃木県の某所。田舎の親類が他界したとの事で急遽、帰省した時のことだという。他界したのは酒友の叔母さんだったというのだが、享年86才のその叔母さんの通夜での会話である・・。筆者も地方出身であるので、なんとなく田舎の通夜というものはイメージできるのだが、それは都会での通夜ほど淡白ではなく、亡くなられた方の生い立ちから、亡くなられた方とは全然関係無い話まで“多彩な話題”になって行くのです・・。特に80歳を過ぎた方の通夜となると、それはもう殆ど米寿者みたいなもので、半分お祭り気分で過ぎていきます。 
 そんなこんなの“多彩な話題”の中、亡くなった叔母さんの弟というジッチャンが、なんと自分の通っている社交ダンス教室での話しを始めたのだ・・。
 ジッチャンは、「実はこの前、ダンス教室でパートナー(※2)選びをやっててなあ・・」と切り出していった。そして、「いい女がいるなあ・・」と思い、迷わずその“お目当ての女性”をパートナーに選んだそうだ。挨拶などひと通りの儀礼をかわして、ジッチャン高鳴る胸を躍らせながら、いざ組手へと進んだ。ジッチャンは“いい女”との軽やかなるステップで華麗なダンスを・・・と、ところがである・・。「ん!ニ、ニ、ニオウ!何だ、このニオイは!」ジッチャンの笑顔はひきつり、次第に苦しくなる呼吸に思わず“休息”を願い出たと云う・・。
 通夜でのジッチャンはしみじみとこう言った「せっがぐのイイ女なのに、なんであんなニオイすんだっぺ?・・自分じゃ分がんねえのがなあ・・あれじゃあ、せっがぐのイイ女が台無しだっぺ・・」。その後、てっきりそのニオイの話しになるのかなと思ったら、ジッチャンは、なんと「俺も自分の“ニオイ”が気になる・・」と言い出したのである。
 ジッチャンその“いい女のニオイ事件”には相当のショックを受けたようだ。まあ、片田舎で社交ダンスをするようなジッチャンなので、それなりの洒落者とは思われるが、これには酒友もちょっとビックリである。こんな片田舎で、それも78歳になるという彼が、なんと「自分の“ニオイ”が気になる云々・・」なんて、思春期のボンのような事を平然と話すのだから、酒友も思わず聞き耳を立ててしまったそうだ・・。
 さらに、その次の言葉には食べていたイモの煮シメがノドにつかえそうになったと云う・・。その彼の言葉とは・・、「トシとってぐっとなんか“ニオイ”がででぐるって言うがら、なんが、いい“コウスイ”みでえなのあればいいんだげんともなあ・・」(※訳:年をとると何か“ニオイ”が出てくると言うから、何か良い“香水”のようなものがあればいいのだけれど・・)と口走ったというのである。聞いていた筆者も、これには妙な関心と感服の念を抱いたのである。
 このジッチャン、いわゆる「加齢臭」(※3)のことを言っているのだろうと酒友には“解説”したが、それよりも何よりもそのような言葉が出てくる「動機」と「感性」が素晴らしいではないですか。
 ダンスをするのに異性であるパートナーに「自分の“ニオイ”で不快な思いをさせたくない・・」あるいは、「自分が変な“ニオイ”がしていたらイヤだ・・」という相手と自分に対する思いやりと気遣い。そして垣間見える下心?・・。とても一年の半分以上を、泥の付いたゴム長靴で過ごしている人とは思えない、実にエモーショナルな言葉である。これには、筆者も飲みかけのBN(※1)の味覚をいっとき、失いそうになったものである。
 ちなみに、かの「太陽族」の生みの親である石原慎太郎都知事は香水をバンバン使っているとも聞くが、これには、さすが「太陽族」の生みの親という事でそう驚きもしなかったのだが・・。
 しかし時流とエモーションは確かに変化している。特に地方で生活している人達のエモーションの変化は、都会のそれと比較して、その生活環境などとの落差がある分だけ、その驚きも大きい。
 都会にあるコンビニと田舎のコンビニに置いてある商品の基本構成には今や、そう大差は無い。物流やスピードの効率化、情報伝達手段の進化などによって、もはや田舎の隅々まで情報が行き届くようになってしまっていたのだ。そのうち・・「昨日よ、インターネットで○○のコウスイ買ったっぺ・・・」などと言う、恐るべき田舎のジッチャン達が今後、急激に増殖するのではないだろうか・・。いや、間違いなく増殖するであろう・・。そして、これらの現象は、また新たな“香りのフィールド”の出現をも示俊してくるのである。

 それにしても、今回のこのジッチャンのように老いも若きも、日本の男子が香りやニオイに敏感になった事を実感する今日この頃である。私事で恐縮であるが、筆者が香りの商品らしきものを使い始めたのは、確か中学生の頃だったと思う。当時は男性用フレグランス商品などは、ほとんど無く、女性用の安価なオーデコロンを密かに使っていた。マセたガキだったが他人からは、よく「おしろいくさい・・」などと云われた事を覚えている。“おしろい”とは現在で云う“ファンデーション”の類である。男のくせにそのような“ニオイ”をさせていると、オヤジからは「男のくせに女クサイ!」などと怒鳴られていたものだ。しかし、何故か筆者はウキウキだった・・。
 それは多分、香りによる「存在感の主張」に成功していたからだろう・・。また、それは、自己顕示欲に対する一種の“快感”として蓄積されていったと回想する・・。「やがて、いずれは男も女も香りをもっと自由に身にまとう日が必ず来る・・」という事を、おぼろげに予感したのはこの頃であった。
 そして、その予感はあの愛すべき田舎のジッチャンによって、遂に証明されるところまで来たのです。その後、ジッチャンがどんな香りに遭遇するのか?・・また、遭遇できないのか?・・非常に関心のあるところだが、香りとの遭遇に年齢や性別などは元々関係ないのだ。
 「香覚」に目覚めた時が、その人の「香りの歴史」のプロローグだ・・。そして、その“時”とは二つほどある・・。一つは匂い(香り)で本能(香覚)が目覚める時、二つ目は本能(嗅覚)が香り(匂い)を欲する時。
そして、前者の“香心”は自己へ向かい、後者の“香心”は他人へ向かうのです。
栃木のジッチャンの言葉は、このことを見事に捉えているのがお分かりいただけますでしょうか。

 愚問で恐縮なのですが、どうせ一生を辿るなら香りの全く無い人生と、ほんの少しだけでも香りのある人生と、皆さんはいったいどちらを選ぶでしょうか・・?
その答えは、みなさんそれぞれの中にあります。

では最後に愛すべき“彼”に皆でエールを贈りましょう。
セエーノー、
ジッチャーン頑張れエ〜!

では、今回はこの辺で・・・。

PS.
ジッチャンの今回の教訓・・・・・「臭い」と「匂い」の“差”は運命をも左右する


<次回予告>
次回の「香楽夢」 VOL.3 は「香りの包容力&表現力」を“予定”しています。


※1:BN=ボジョレーヌーボー
※2:社交ダンスの世界では男性=リーダー、女性=パートナーというのが一般的です。
※3:加齢臭=年齢を重ねると共に強くなる体臭気。
   40代あたりを過ぎた頃から出て来る、「ノネナール」という体臭成分が主因