全ての人に平等に分け与えられた感覚に、人間の五感があります。それが視覚・味覚・聴覚・嗅覚・触覚の五つであることは旧知のことかと思いますが、これらの感覚に訴求するビジネスのことを“五感ビジネス”と呼んでおります。我々が携わる香りのビジネスは、この五感のひとつである「嗅覚」に訴求するビジネスでもあります・・・・が、実はそれは「嗅覚」という器官そのものに訴求する事とはちょっと違うように思います。
「嗅覚」はあくまでも“ファンクション”であり“メカニズム”です。そしてこのファンクションとメカニズムは、使えば使うほど、そのパフォーマンス(性能)を高めてくれます。ここで重要なのは「高める」というスキルが蓄積されていくことですが、実は、この「蓄積」という現象は“嗅覚”が行うのではなく、「感性」が行っている事に気づいたのです。
つまり、香りのビジネスとは「感性」に訴求するビジネスであるという事が浮上してきました。が、しかし、ただただ感性のみを追求すれば良いのかというと、それだけでは迷路に迷うことになります。なぜなら、「感性」というものは、終わりなきブラックホールのようなもので、まるでアテにならないくらいレンジが広く、捉え所の無いものです。では、どのような対処が必要なのでしょう。また、どのように「感性」の整理をすれば良いのでしょう?
考えれば考えるほど行き詰ってしまいます・・・。では、ここで話を同じ五感の一つである「味覚」に置き換えてみましょう。行き詰った時、人は他の何かに置き換えてみると案外と妙案が浮かんだりするものです。
さて、味覚も嗅覚と同じように、人それぞれによって感じ方が違うものですが、実は、嗅覚ほど捉え所が無いわけではありません・・・、と云うのは、味覚には共通の基本となるファンクションとメカニズムがあります。
これは、「食」するという行為が物理的な接触を要するからですが・・・まず、温度です。誰もが、口に入れられる食物の温度帯はほぼ決まっています。また、味覚には、甘い・辛い・しょっぱい・酸っぱいと云った基本感覚があります。そしてそれらの感覚にも基本レンジがあるので味覚感性は、さらに絞り込まれていきます。毎日3食、別なものを食していても“好み”の傾向はハッキリしてくるわけです。かの、マクドナルドが何故、幼児、児童を主なターゲットにしているか?その理由もこの辺から読み取れるはずです。実は味覚感性は回帰巡回する特性を持っているのです。また、俗に「美食家」と言われる人達は、沢山の味覚から、より上質なものを選択しているのですが、やはりそれだけ味覚パフォーマンスが優れているとも云えます。いずれにしても味覚構造は「温度」と「味」という2次元構造が基本になっています。これに「風味」(香り)を加えると3次元構造になります。この構造解明と定義づけがちょっとした嗅覚感性、整理のポイントになるはずです。
さて、ここで話しを嗅覚に戻してみましょう。果たして嗅覚構造とはいったいどんな構造なのでしょうか?何次元から成り立っているのか?その辺の手がかりがつかめれば、今後の香りビジネスに役立つはずです。
香り(におい)とはニオイの分子が空気中に漂い、そのニオイの分子を含んだ空気が移動し、それを鼻腔より吸い込む時に感じるものと言われていますが、空気接触以外に物理的接触がありません。例えば風邪をひいたかどうかは、何らかの自覚症状が出ないと分かりませんが、もしも、“風邪菌”にニオイがあれば、その時点で分かるし、防ぐことも可能かも知れません。余談ですが、筆者の友人に何と、“風邪菌”のニオイが分かる人がいます。その友人は人混みの中などを歩いていると、「アッ、ここに“風邪菌”がいる!・・・・」と云って口と鼻をハンカチなどでふさぐのです。世の中には不思議な能力?の持ち主がいるものです・・・。しかし、この“不思議な能力”にも、嗅覚構造解明への大きなヒントが隠されています。実は、この友人の“風邪菌発見能力”は、「記憶回帰」という現象からきているのです。
香り(ニオイ)には、色も温度も形も無く視覚では認識できないものですが、瞬時に記憶を呼び戻す特殊な作用があります。そして、それは視覚で認識できない分だけ強力なイメージとなって作用します。俗に云う「キナ臭い」現象もこれです。これ以上近づくと“危険”だという信号をニオイから感じ取るあの感覚です。これは生理学的にも根拠があるのですが、我々の顔の中で突起している部分は、「鼻」です。動物の多くも「鼻」が一番前にあります。人や動物に無くてはならないものに空気と食物がありますが、この二つを体内に取り込まなければ私達が生きていくことは不可能です。そうなんです、生きる為に我々の鼻は一番前に突起しているのです。何かを食する時、飲むとき、呼吸をしながら、瞬時に“安全確認”を行っているのです。この食物を体内に入れていいのか、ダメなのか。ニオイでまずチェックしているわけです。冷蔵庫に入れっぱなしにしてしまった食品など、無意識で鼻をクンクンさせているのは典型的な例です。ちょっと鮮度の落ちた刺身など、鼻をつまんでいたら、何気に飲み込んでしまうかもしれません。しかし鼻が効いてる時は、ちゃんと吐き出すはずなんです。飲み込んでしまったらもう、お腹ゴロゴロ、ピーピーですから、ヘタしたら食中毒もの・・という嗅覚信号がそうさせているわけです。女性が嫌うベスト3に必ずと言っていいほど指摘されることに、不快な臭いとか、不衛生とかの指摘がありますが、とにかく女性は非清潔を嫌います。人それぞれに強弱はあるのですが、これは一種の母性本能です。香を炊いたり、アロマテラピーなどは香りのプラス作用を期待する行動でもありますが、ほのかに漂う、かぐわしき香りには心情を動かす何らかの作用があります。話が長引くので少し割愛しますが、この辺のありふれた日常の中にも、嗅覚構造解明のカギがあります。では、以下のように整理してみます。
不快なニオイを嗅ぐと身の危険を感じ、とたんに情緒が不安定になります。逆に良い香りを嗅ぐと情緒も安定してリラックスすることができます。これらが日々繰り返され、記憶としてインプットされていきます。良い香りを知る人は、さらに良い香りを知ることが可能となる感性が育成されるのです。これらのことから、嗅覚構造は次の3つから導き出すことができます。一つは「Remembrance」:記憶、二つ目は「Emotion」:情緒、三つ目は:「Sensitivity」感性の3要素です。この3つの立体構造が“香り感覚”の3次元構造です。一口に良い香りと云っても、人それぞれに嗜好も異なります。が、売れている香りはこの3要素への訴求バランスが良いと云えます。逆説的に云えば、このバランスに見合う香りを開発すれば、それだけヒットの確立は高くなるわけです。以上、簡単に整理してみましたが、実際は、さらに複雑な構造解析を要とします。
嗅覚感性の構造を解く・・・と題された今回のテーマは昨今のフレグランス市場の変化とも関わりがあります。毎年、200〜400種類以上の新商品が発売されると云われる昨今のフレグランス市場。単発的ヒットで終わるモノや、低迷したまま消滅するモノ、また、安定して売れ続けるロングセラーと云われる商品など、実に様々な商品群像が繰り広げられています。今日もまた何処かで、新たな“記憶”が生まれ、“情緒”あふれる、それぞれの“感性”が香っていることでしょう。